ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?(☆☆☆☆☆)
先週、今週と2週間かけて読んだのは「ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?」。
著者はアメリカの認知心理学者ダニエル・カーネマン氏。専門は意思決定論と行動経済学であり「プロスペクト理論」でノーベル経済学賞を受賞した超大物だ。上下巻合計で700ページを越えなかなかボリュームがあるが、彼の長年の研究成果が惜しげもなく書かれているベストアルバム的な感じで「えっ、こんなに簡単に出し尽くしていいの?」と思う位、おすすめできる良書だ。文章の書き方も学者と聞くと難解なものをイメージされるかもしれないが、平易にかかれていてとても読みやすい。また具体例が豊富でイメージしやすいのは、心理学者だからこその成せる技であろうか。私自身もこの本は何度も読み直して理解を深めていきたいと思った。
本の構成としては前半では、人間の思考システムなどの心理学的要素が多く、後半の下巻になるとダニエル・カーネマン氏の真骨頂「プロスペクト理論」などの経済学の領域に入っていく。
ファイナンス系の方であれば下巻の「プロスペクト理論」はその辺の簡単に書かれた行動ファイナンス系の本を読むよりはこれをしっかり読んだ方がいいかもしれない。私が今ちょうど大学院で一から理論を学び直していた「期待効用理論」を真っ向から批判していて刺激的だ。今学期に受けていた「アセットプライシング」の教授が「プロスペクト理論」を批判していたのを思い出したが、両理論の立ち位置をもっと深く学びたいと思った。来期は「行動ファイナンス」を受講するので楽しみだ。
投資家の方も参考になるのではないか。投資家が損切りをなかなか出来ずに塩漬けの株ばかりが残ってしまったり、利益もそこそこに簡単に益出ししてしまい、その後さらに上がって後悔するのはよくあることだ。それらはやはり人間の心理によるものだから、もし投資パフォーマンスが悪くてお悩みの方は、銘柄選定やマネー誌を読むよりも先に、本書を読んで自分自身と対話してみるのはどうだろうか。書店のマネーコーナーでは「損切りテクニック的」な本は多いのだけれど、その根底の理論やそのための実証分析がこの本には書かれているので大変参考になると思う。
この記事では、昨日前振りをした思考システムの部分だけ少し紹介したいと思う。
■人間の思考システム
人間の思考はタイトルにあるように「ファスト」と「スロー」という2つのシステムが働いていて、それらの特徴を簡単にさわりだけ説明すると以下の通り。(私の説明だと言葉足らずになると思うので、ご関心を持たれた方はぜひ読んでみてください。)
システム1=「ファスト」:デフォルト設定されている直感的な思考システムで、自動的に瞬時に物事を判断する。このシステムを動かすことには努力をほとんど要しない。ただし難解な問題については対応が難しい。
システム2=「スロー」:熟考する思考システムで、普段は省エネモードで運転しているが、システム1が困難に遭遇すると働き出す。基本的に怠けものでこのシステムを動かすためには労力を要する。
つまり普段の思考や行動はシステム1が行っていて、話がややこしくなるとシステム2が主導権を奪って意思決定を行い、またシステム1の決定をチェックする機能をもっているということ。
昨日の記事、
ハーバードやMITの優秀な学生が半数以上も間違えた問題 - GOLOG
に掲載した3つの問題をやっていただいた方は、この意味合いがわかりやすいかもしれません。
まず①の図の問題では、システム1が「下の方が長い」という錯覚をするのだけれど、すぐにシステム2が「いや、これは確か同じ長さのはずだよ」と結論を出す。
②の計算問題は、システム2の怠け者度合いがわかる。直感的にシステム1がバットが1ドル、ボールが10セントと判断してしまうのですが、システム2がきちんと作動すればバットが1ドル5セントであり、ボールは5セントと計算できるはず。私はこの問題を間違えたが、システム2が働くことを嫌がって直感だけで結論を出したのだろう。普段自分の直感を信じすぎているのだと思う。
③の映像問題を解くためには、システム2を働かせる必要がある。しかしシステム2はタスクを遂行するために全力を出している時は、逆に見逃してしまっているものがあるという可能性を示唆している。
■認知容易性
次に文章を書く人のために参考になる部分があったのでご紹介したい。
人間は文章や資料等、なんでも「認知」するのが容易なものを見ている時は気分がよくて、見ているもの、聞いているものをもっともだと思って直感を信用する傾向がある。逆に認知負担が大きいものについては、疑い深くなり、普段よりも多くの努力を払うことになる。例えば、とても綺麗で字でフォントサイズも読みやすく書かれた報告書と、字が小さくて汚い上に、くしゃくしゃの紙で出された報告書であれば、その内容はともかく後者の方を疑ってかかりやすいということだ。
説得力のある文章を書くにはこの「認知容易性」を利用するのが良い。
具体的には強調したいところは太文字を使ったり、色のコントラストを使いわけたり、簡単な言葉で間に合うときは難解な言葉を使わないなど、読み手の認知負担を減らすことを考えるのが良いとしていた。
また文章をシンプルにした上で覚えやすくさせ、さらに韻文がお勧めらしい。ある有名な実験では下記の同じことを書いた文章では、上の格言風に書いた方がより洞察に富むと判断されたそうだ。
大難は敵味方を一つにする。
小さな一撃も積もれば大木を倒す。
告白した過ちは半ば正されている。
大きな災難がふりかかると、それまで争っていた敵味方も力をあわせるようになる。
小さな一撃でも、何度も加えるうちには、どんな大きな木も倒すことができる。
過ちを自ら認めたときには、その過ちの半分は正されたと言ってよい。
これについては、私もただの個人的なブログではあるものの、習慣として文章を書き始めたのであるから、成長につながるように意識していきたいと思う。
簡単な紹介は以上です。感想としては本書を通じて、普段多くの意思決定を繰り返している中で、個人的には直感のシステム1に頼りやすく、システム2が怠けがちなタイプだと感じたのだが、今後は「今、自分の中のどちらの思考システムが、どのようなレベルで作動しているかを意識する」ことで、直感に頼りすぎた誤った判断や些細なミスを防ぐなどの意思決定の精度に変化を与えていきたいと思う。
最後に、「ファスト&スロー」の評価は☆☆☆☆☆とします。