危機時のリーダーシップ

震災の時、東京でもオフィスは大きく揺れた。
徐々に揺れが激しくなり、みんなが「これ大丈夫か」と不安に思い始めたときに明確に何をすべきかを指示を出したのは、部門を統括する役員ではなく、部長でも、課長でもなかった。

 

総務の管理者であった。普段は事務方の仕事をされているので、あまり目立つことはないのだけれど、あの時のように誰もが自分の身の安全を第一に考えようとする局面で、周りに目を配ることが出来るリーダーシップは真のリーダーシップだと思う。私はその方をとても尊敬している。

 

人は想定していない身の危険を感じた際に、思考停止に一瞬陥る。その際に人々の不安を取り除き、動けるように指示を出すのが「危機時のリーダーシップ」だ。

 

 

先日少しご紹介した探検家アーネスト・H・シャクルトンについて書きたいと思う。
詳細はDVDや本がでているのでご覧いただいた方がわかりやすいのだが、コンパクトにストーリーをまとめる。

シャクルトン 南極海からの脱出 [DVD]

1914年12月にシャクルトンを隊長としたエンデュアランス号は南極横断へ向けて出発したのだが、2ヶ月後に氷に取り囲まれて身動きが取れなくなってしまった。仕方なく氷が溶けるまで船の中で越冬しようと決断した。船には大量の食物や飲み物があるため、十分に耐えることが出来る。

 

事態が悪化したのは1915年10月、氷が溶け始めたのだが、逆に動き出した氷によって船に強烈な圧力をかかり出した。氷の牙が船を襲い、船に亀裂が入り始めた。はじめのうちは船内の水をくみ出して対処しようとしたのだが、もはや太刀打ちできなくなり、船を諦めるしかなくなった。

 

そして28名が極寒の地で家を失った。南極大陸は冬になればマイナス70℃にもなり、秒速90mを超える暴風も吹き荒れる過酷な場所である。またほとんど雨も降らないため、言わば氷の砂漠だ。

 

絶望的な環境の中、シャクルトンは悲嘆にくれることもなくこう言った。

『船と物資はなくなった。さぁ我が家へ帰ろう』

 

助かるためには陸地へ行かなければならない。一番近い陸地へは100kmは距離があるため、キャンプをしながら、3隻のボートと持ち運びが出来る範囲の食糧品を持ち陸地を目指した。1916年4月にキャンプをしている下の氷が溶け出したため、ボートを海に下ろし、漕いで陸地を目指した。

 

数日間彷徨いながら、一向がエレファント島についたのは、1916年4月15日。

16ヶ月ぶりの陸地であった。しかしその島は岩だらけで、ブリザードが繰り返し襲ってくる地獄の島だった。助けの船もほとんど通らないルートであるため、シャクルトンは自分が5名のメンバーを引き連れてボート1隻でそこから1,280kmも先のサウスジョージア島へ助けを求めに行くことを決断した。

 

小船1隻で5人のメンバー連れて荒れ狂う海へ挑む。失敗すればエレファント島で待つ22名の命もない。厳しい決断だ。ボートは途中ハリケーンに襲われるなどの危機もなんとか乗り越えて、5月10日にサウスジョージア島の西側の湾に到着した。その時、既に船は壊れかけていた。

 

しかし苦難はここで終わりでなかった。助けを呼ぶには240km先の島の西側の捕鯨基地に行かなければならず、船で行くのはもはや厳しかった。シャクルトンは2人を連れて、南極海のアルプスと呼ばれる山脈を直線距離で50km弱を徒歩で越えることを決めた。山越えの装備もなくこれもまた厳しい道のりであった。100mを越えるような氷河の斜面を登り下りしながら、5月20日に捕鯨基地にたどり着くことが出来た。

 

しかし、まだエレファント島では22名の仲間が待っている。
シャクルトンは多くの国へ救援を要請した。救援活動も難航して、何度も何度も氷の壁に阻まれたのだが、ついに8月30日にエレファント島へ到着した。

 

『全員、無事か?』とのシャクルトンの言葉に対して、
『全員元気です。ボス』との力強い声が返ってきた。

 

1人も欠くことなく、全員の命が無事であった。

 


シャクルトンのリーダーシップでは次の点が優れていると感じる。

 

  1. 危機状況へのマネジメント
    危機に直面すると人はその危機を直視することを避けたがるものだが、シャクルトンは想定を超える事態が次々に起きても、冷静に柔軟に適応する能力が長けていた。
  2. 部下のマネジメント
    彼は優秀なサブリーダーを育て、エレファント島の21名をサブリーダーに任せていたし、不平不満を言うメンバーもいたが、自分の近くに置き管理するなどの配慮をしていた。メンバー一人ひとりの性格や能力、体調、他のメンバーとの相性などを把握した上で指示を出していた。これは今の企業社会にも通じることだ。
  3.  空気のマネジメント
    組織の空気はリーダーが作る。特に危機時においては暗くどんよりとした空気が蔓延しやすい。シャクルトンは決して弱音を吐くことなく、マイナス面を見せないように振舞っていたがその姿勢がメンバーの精神面を支えていた。

もちろん「運」もある。だが私は幸運を導くものは「周到な準備」だと思っていて、シャクルトンのケースでも幾度とない極限状態を乗り越え、全員が生還できたのは、彼らが皆その「運」引き寄せる「努力=準備」を普段からしていたからだと感じる。

また、シャクルトンはこんな言葉を残している。

私が助言できるとすれば、困難や危険、絶望の中でも、希望を失うなということだ。最悪の事態は、必ず克服できると。

 

 「成し遂げる人」は「やりたいこと」を「できること」と信じ続ける力のすごさを持っている。自分の中から湧きあがる純粋な「Want To」を思いこむ、研ぎ澄ます。これが必要なのだ。

 

さらに「大胆な思考」と「繊細な行動」を併せ持つこと。シャクルトンは周りの人間を巻き込み、その気にさせる能力に長けていた。人を巻き込むには「夢や目指すべきGoalをストーリーとして語れること」が大事。しかし、そのビジョンや言葉だけでは人は本当に引き寄せることが出来ないため、緻密な準備や計画性が「説得力」を増し、日頃からの配慮のある行動が「人間としての魅力」を増長させているのだと思う。

 

結局、口だけではダメで行動が伴ってなければならない。利己心が垣間見えてもだめだ。こういうリーダーのためなら部下も心から本気で働けるのだと思う。