読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ネゴシエーション(BATNA)

ビジネスの世界では「ネゴシエーション(交渉)」はつきものです。

 
金融の分野においても、交渉は日常的に行われています。M&Aや引受案件の獲得、債券などの相対取引のように顧客や競争相手がいる環境において、相手先とのネゴシエーション(交渉)をいかに行うかというのは大変重要なポイントです。

今、アメリカが債務上限問題で期限とされる17日が迫るなか、与野党協議が進まないのも、まさにそれですね。ギリギリまで粘って譲歩を引き出すのを待っているのを見ると、もう少し上手いやり方はないものかと思ってしまいます。

 

 


また最近のニュースでは、スカパーJSATが、来年6月に開幕するサッカーワールドカップ(W杯)ブラジル大会の中継を断念したこというものがありましたね。 放送権交渉の相手である電通との協議が、金銭面などで折り合いがつかなかったためということです。これによってW杯の放送自体が流動的になってしまっているということ。このビッグイベントを放送しないことになんてなったらどうなってしまうのでしょうか・・・。


 
どちらもまさに「ネゴシエーション」ですね。 
一般的に世界では「日本人は交渉が下手」と良く言われますが、その理由は二つあると考えています。
  
一つ目は「教育面」。組織において「ネゴシエーション」について体系立てて学ぶ機会が少なく、先輩から「交渉のイロハ」を伝授してもらったり、自ら「経験」して技を磨いていくという、個人的な感覚に委ねられてしまっているということ。
  
二つ目は日本独自の「義理・人情」文化。「○○君は、よく通ってくれて一生懸命だからやってあげよう。」的な営業の成功事例はよくある話。これは当たり前ですよね。スキルの劣る新入社員はフレッシュさと一生懸命さを売りにするしかないですから。私もそうでした。でも、ビジネスドライな諸外国との交渉においては「義理・人情」は通用しないことの方が多いでしょう。
 
だから、もっともっと「ネゴシエーション」について、体系的に学ぶ場があってもいいのかもしれません。
  
 
では、ネゴシエーションの基礎用語を一つご紹介。
 
■BATNA (バトナ)英語で、Best Altenative To a Negotiated Agreementの略で、この意味は「不調時対策案」と言って「相手と合意しなかった場合に取り得る最も良い選択肢」を表します。
   
交渉を続けるかやめるかの判断基準となり、交渉前にこのBATNAを多く持つことが、交渉する際の自分の「強さ」になりますので、とても大事な概念です。
   
これ実は、家電などを買う時にみなさん、自然にやっていますよね。
 
事前にカカクコムや競合店で最安値を調べて、それをBATNAとして「店員に値下げ」交渉する。仮に店員が値下げに応じなくても、事前に調べていた「最安値(BATNA)」で買えばいいという武器を心に持っているわけですから交渉を優位に進めることが出来る。自分のBATNAより安くしてくれたら交渉は成功。もちろん交渉決裂になってももなんの問題もないわけです。ですからBATNAを多く持つことが大事だとわかります。
 
  
逆のパターンもありますよね。
 
よく海外旅行先で、見所を見学した後に「お土産屋」に半強制的に入る場面ありますよね。店員さんは、簡単なアクセサリーやシャツなんかを日本円で200~300円ですすめてくる。こちらも定価で買うのは嫌なので値下げ交渉をして「50円」で妥結したとしましょう。その時は「やった!1/4にした。俺、交渉力あるな~」と思ったものの、後々、街でふと見ると同じようなものが20円とかで買えるということに気付くわけです。そう、この交渉の際には自分はまったくBATNAは持っておらず、店員さんは「地元で20~30円で売れる」というBATNAを持っていたということです。(まぁこのケースでは、私は交渉をおりることも十分可能ですが、断る雰囲気でもないので、仕方なしに買うという要素も大いにあるのですが・・・)つまり、自分のBANTAを強くする一方で、相手のBANTAを正確に理解しようとすることも交渉を有利に進めるための要素となります。
  
 
まとめると、「交渉上手な人」と聞くと「巧みな話術で相手をまるめ込む技術」や「人間的魅力で相手にyesと言わせる」というようなイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれません。しかし実は、自分と相手の「BANTAの戦い=情報戦」でもあるわけです、しっかりと事前準備して「強いBANTA」を手に入れられれば、口下手でも自信をもって交渉に挑めるようになるわけです。
 
しかし、いくらネゴシエーションとは言え、アメリカの債務問題やW杯の放映料のような問題は、国民感情や経済へ与える影響を十分に考えた上で建設的にやってもらいたいものです。