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例えば空手の型を習得したのならば、実戦で使いたくなるのは自然の流れ。

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photo credit: ser... via photopin cc

 

「空手」は例えです。

 これはMBAホルダーとなり時間が経過した今、私が感じていること。

 

MBAを取得する過程において戦略、マーケティング、人事、会計、ファイナンスなど経営に必要な要素を体系立てて学び、実際に起きた事例をケーススタディとして擬似経営判断をしていくことは大変有意義なものであった。経営環境を分析し相応しい解決策を導くことなど、それまで全く経験していなかったし、やり方もよくわかっていなかったから新たな視座が生まれた。


またクリティカルシンキングロジカルシンキングに代表されるような問題解決的思考もためになった。「モレなく、ダブりなく」事象を捉えて、多面的に深く考え進めていく習慣も身についたことは大きな力になったと思う。それまで「考え方を考える」ことはなかったから。

 

MBAを通じて確かに成長したし自信もついたと思う。その自信は仕事にも活きている。だがタイトルにも書いたがMBAホルダーになること自体は「空手の型を習得した」ようなものなのだ。「型の美しさ」は置き換えれば「考え方の効率さや、模範解答への最短距離を進む術」だろうか。型は美しいが実際に戦ってみたら自分が強いのかどうか正直言ってわからない。逆に型にはまったり、分析思考に偏りすぎると「直観力」や「創造力」のような、言わば「本能的感覚」を失いかねないと危惧することもある。

 

少し話しが戻るが、

MBAは有益か?無駄か?~30代からの逆襲~ - GOLOG

この記事ではMBAというものが自分の成長に役立つのかについて触れ、そして以下のように結論付けた。

有益か無駄かはその人の取り組み方次第、「MBA」が人生を変えてくれるわけではなく「自分」を追い込んだ「自分」が人生を変えるのだと思います。
働きながら学校に行くのは大変です。一生懸命に取り組めば取り組むほど大変さは増します。サボろうと思えばもちろん出来ますが、一生懸命に取り組んだ分だけ、努力が自分の血となり肉となるのです。そう、世の中、地道に努力した人が強いんです。その積み重ねが成功につながるのだと思います。

 

たしかに自身の能力開発という観点ではMBAは役に立っているのだが、今日の記事はこの内容と少し視点を替えて、リアル生活でMBAが本当に役立っているのかという観点で書いている。

 

日本の企業でも社内公募等で優秀な社員を海外MBAへ留学に行かせて将来の経営者候補育成として力を入れているところはたくさんある。しかし私は今まで何人も見てきたが、海外から帰国して新しい部署へ配属され、しばらくするとその会社を退職してしまう人が多くいる。会社としては大きな損害だ。2年間で数千万のコストをかけて海外へ行かせた社員が辞めてしまうなんて、こんな投資効率の悪いことはない。しかも総じて彼らは優秀だからこそ留学へ行くことが出来ているのだ。企業によっては留学者に事前に一筆書かせて何年内に退職したら留学費用は返済してもらうとしているところもあるようだけれど。いまいち歯車があっていない。

 

私としては留学に行った後、辞めてしまう社員の気持ちはわかる。経営者を育てるためのアントレプレナー教育を沢山受け、起業する学生が周囲がいる環境なら「俺も、俺も」と自分の可能性を模索したくなるもの。そして卒業後、誰もがテンションMAXで帰国して「さあ、経営にガンガン関わっていこう」と思うのは自然なことだ。そんな彼らが会社を辞めると選択するのは、そのモチベーション高い状態で帰国したにもかかわらず、実際に会社に戻って自分に任された仕事のスケールが小さかったり、裁量の乏しさからくるものだろう。だから辞めてしまうのは、タイトル通り「空手の型を習得したのならば、実戦で使いたくなるのは自然の流れ 」ということなのだ。

 

そういう意味では「リアル生活でMBAが本当に役立っているのか」の問いに対しては、企業も社員もどちらとも能力を最大限に引き出せたり、活用することが出来るケースはまだまだ欧米と比べると少ないと思っている。

 

私自身も正直、型の勉強はもういいので、実戦で活用していくなかで「強さ」を追い求めたいというフェーズに入っている。本気でそう思う。


もちろん「空手の型」のように体の動きを覚えただけで、体一つでビジネスの世界へ出ていってすぐに戦って勝てるかと聞かれれば、それは極めて不透明であり、相当難しいことだと認識している。それに経営について勉強していなくても、自分の会社をガンガン経営をしてきた実戦経験の豊富な経営者の方が圧倒的に強いはずだ。

 

だがそんなことは一向に構わない。どうしてもこの習得したことを活かす、いや使う、使わないの問題ではないかもしれない。ただ実戦で戦いたいと思ってしまうのだ。